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唯識の世界


2.唯識(ゆいしき)の履歴書

何事も出所(でどころ)を含めて履歴は大切だと思います。唯識も先ずは由緒正しい、また先見の明に秀でた人類の智慧である事を知って頂きたいと思い、唯識の中味にいきなり入る前にこの項を設けさせていただきました。

欧米で生まれた深層心理学はフロイド(1856年生まれ)から始まるのですが、彼が『精神分析』と言う著書で人間の心の中に意識とは別に無意識と言う世界がある事を提唱したのは1896年(明治27年)です。仏教の深層心理学と言われる『唯識』が理論的に確立されたのは、フロイドを遡ること1600年も前であります。そして、更に源を辿りますと、今から2500年前のお釈迦様が『無明(むみょう)』と言う言葉で、人間には意識以外に無意識と言う世界があることを示されているようであります。お釈迦様は悟りを開かれた仏陀であると共に、如何に優れた心理学者であられたかを示すものだと改めて感心させられます。

さて、このような世界的にも特筆されるべき『唯識』ですが、『唯識』と言う言葉自体を知っている人は極めて少ないと思われます。恐らく仏教徒の多くの方々も聞いた事が無い、或いは聞いたような気がするが何の事か詳しくは知らないと言うのが実情ではないかと思います。

ただ、唯識は知らなくても薬師寺の高田好胤(たかたこういん)さん、清水寺(きよみずでら)の大西良慶(おおにしりょうけい)さんをご存知の方はそこそこいらっしゃるのではないでしょうか。また法隆寺、興福寺と言うお寺は観光名所として有名でありますが、実は、この4つのお寺は、何れも唯識を教義とする仏教宗派に属するお寺なのです。

現在、唯識を教義とする宗派名は法相宗(ほっそうしゅう、薬師寺と興福寺)、北法相宗(清水寺)、聖徳宗(法隆寺)等ですが、法相宗は別名唯識宗とも言われているようであります。恐らく一般の方々に取りましては聞き慣れない宗派名ではないかと思いますが、日本に仏教が伝わり、奈良仏教が興隆を極めた時には、華厳宗(東大寺)、律宗(唐招提寺)等、私達の耳馴れない宗派が主流でありました。これらの宗派は理論や戒律を重んじたものであり、当時から一般庶民には馴染み難いものであり、法相宗も同じ歴史的背景から、一般庶民には遠いところで受け継がれて参りましたので、私達現代人には宗派としては馴染み薄いものである事は致し方無いことだと思われます。しかし案外身近な存在である事はお分かり頂けたと思います。

さて、唯識を履歴書風に表現しますと、次のようになります。
出生地:インド
生年:西暦200年前後(完成は400年頃か)
関連経典:『解深密経(げじんみっきょう)』『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』
生みの親:マイトレーヤ(弥勒、西暦270〜370年)、アサンガ(無着、西暦310〜390年)、 ヴァスバンドゥ(世親或いは天親、西暦320〜390年)
育ての親:バラマールタ(真諦、西暦499〜569年、西暦546年インドから中国へ)

もう現在では、インドにも中国にも唯識は受け継がれてはいないようですが、日本に伝わったのは6世紀〜7世紀であろうと言われております。唯識は日本で1400〜1500年間に亘り密やかに受け継がれて来た世界に誇るべき、古くて新しい哲学であり心理学でもあると思います。

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