人間に救いはあるか
真宗の臨床講義

米沢英雄先生

「人間に救いはあるか」と云うテーマをあたえられました。人間には救いはあるんでしょうか。私は自信がございません。私は医学をちょっこり昔勉強しました。医学では、たとえば内科でありますと、 内科学という学問がございます。これは真宗で申しますと、お寺さんが聖典の内容について講義をされるようなものでございましょうか。また臨床講義というのがございまして、患者さんを学生の前へ 出しまして、患者さんの家族歴から既往症から現病歴を読み上げまして、教授が現在の病状を下すのを、臨床講義と申します。

今日は真宗の臨床講義を一つさせてもらおうと思います。ここに出て頂く方には非常にお気の毒に思いますけれども、実在の人物はここからはるか遠方におられますので、その方にはひそかにお許しを 願って、お話をさせて頂きます。

実は七、八年前になると思うのですけれども、私のところへ手紙がまいりました。その手紙の内容を読んで非常に驚いたのでございます。その人は家庭の主婦でございまして、その時分は30歳前であ ったと思います。一人の女の子をもっておられまして、その子が小頭症と申しまして頭が小さい。そういうお子さまは当然脳の発達がおくれますので、ふつうの頭脳のはたらきが出来ません。

そういう子供をもたれたお父さんお母さんは、病院へ行ってお医者さんに相談されたでしょうし、また遠方の名古屋の大学病院に行って診断を受けました。けれどもお医者さんは見込みがないというこ とで、現代の医学では方法がないというので匙を投げられたのであります。

そのお母さんは非常に熱心な方で、今は亡くなられましたが、その当時東京大学の大脳生理学研究所の所長をしておられました時実利彦先生のところに、多分手紙でだろうと思いますが、相談されたけ れども、その時実先生も現在の医学では処置がないと言われた。
ところがそういうことを訴えて、私のところへ手紙をよこされましたけれども、私としましても、現代の最高権威の方々が方法がないというものを、答えようもない。何とも答えようがないと言っても 、ご相談をかけられた以上、お答えしなければならんと思いまして、非常に考えましたあげく、
「そのお子さんは仏さんやから、仏さんだと思って大事してあげて下さい。」と、こう申したわけであります。それよりほかにしょうがなかった。そして、果たしてその子供さんが、そのお母さんにと って仏さんになられたわけです。

ところが、間もなく二番目のお子さんを身ごもられたという通知を受け取って、私は非常に喜びました。そして今度は健康なお子さんが生まれたとすると、その丈夫なお子さんだけを可愛がって、どう してもその具合の悪い子供さんを疎んずるようになるから、どうか分け隔てをしないように気を付けて下さい、こういうことを手紙で申したわけです。
ところが、私の忠告も必要がなかった。その次に生れたお子さんは男のお子さんだったけれども、そのお子さんも小頭症であった。そして二人の子宝に恵まれながら、二人ともはっきり申して育て甲斐 のない子供さんであった。

われわれが子供をもってどうして喜ぶかというと、その子供を育てて大きくして、男の子なら大学へ出すとか、女の子だったら道具をもたしてお嫁にやるとか、親が子供に夢をえがくからではないでし ょうか。ところが二人の子宝に恵まれながら夢をえがくことの出来ない子供さんをもたれた。こういうことでございます。
そのお母さんから来た手紙を読んでみます。これは昭和47年6月に来た手紙です。

    そだちゆく 子をつつみたり 初夏の風

このお母さんは俳句をやる。いいじゃありませんか。子供が育っていく。ちょうど夏で、初夏の風が子供をつつんで吹くと。この句だけを読んで、その子供さんが小頭症で育て甲斐のないお子さんだと いうことを、誰が想像出来るでしょうか。

    育ちゆく 子をつつみたり 初夏の風

先生お元気ですか(ちょっと私のことが出てくるのでお耳ざわりだと思うけれども、これは臨床講義ですからお許し下さい)。大変ご無沙汰致しております。先生にめぐり会えて三年余り、私の心の奥 までかえていただき(私はこの方の心の奥まで手をつっこんだ覚えはありません)、現在の心境はしあわせいっぱいでございます。(育て甲斐のないお子さんを二人ももって、現在の心境はしあわせ一 杯でございますと、みなさま方はおっしゃれるかどうか。私は自信ありませんね)。
以前の私でしたら、夜中に二児が泣いたりいたしますと、私まで泣いて夫を困らせたものでしたが、現在では少しも苦にならないで、だっこしてやさしい言葉を話すことが出来るようになりました。

夫は遠い昔よりそうしたやさしい心をもっていたのには、ただ感心するばかりです。先生の言われますように、教養のある頭のよい人間が、人間としはて立派であると言えないことがよくわかり、宗教 の必要なことを知りました。

こういうことが書いてあります。その次に来た葉書。
同年(昭和47年)8月。
暑中お見舞い申し上げます。先生にはお変わりなきことと存じます。暑い毎日でございますが、心身ともに爽快な日々を過ごすことができます(こういうことが言えるでしょうか)。二児とも大変元気 にころんころんところがって、よく笑うようになり、本当に可愛くなりました(こう書いてある。初めの頃に来た手紙に、自分で殺すことは出来んから、何か病気にかかって死んでくれんかと祈った、 と書いてあった。もっともです)。

私のこの深い気持ちを理解して下さるのは先生ばかりです(私は理解するどころじゃない。ただただ立派だなぁと京福するばかりです)。父母も(実家の)兄弟も、私のことをみじめな人間だと思って いるが(そうでしょう。二人のお子さんに恵まれながら、二人とも非常に手数のかかる子供さんであるから)、でも私は、自分自身であるところのものであれば何を失ってもよい。瞬間瞬間を精一杯生 きていけばよいという、この深い深い人間の神秘なるものを、先生によって教わって(そんな大層なことを私は教えた覚えはありません。向こうから訴えのお手紙が来ると、そのお返事を書いていただ けなんです)、肩をはってではなく、おのずと喜びにかわるこの不思議なる人間の知恵(この肩をはってでなくという言葉が非常にいいと思います。肩をはるというのは、あたえられた子供であるから 、これを育てるのは自分の責任だから、こういうので育てなければならんと思って、自分に納得させて育てるというのを肩をはって、自分で努力してというので、この方は人間の知恵と書いているけれ ども、これは人間の知恵ではない。人間の知恵であるならば、先ほどのように病気して死んでくれと祈るのが人間の知恵。肩をはってではなく、おのずと喜びにかわるこの不思議なる・・・これは仏の 智慧や)、親鸞の教えの深さに陶酔するばかりです(陶酔というのはこれは言葉が違う。陶酔という言葉は酔うということであって、親鸞の教えは決して酔わしめるものではない。親鸞の教えに傾倒す るということを、この人は自分なりに陶酔という言葉を使われたのでしょうか。陶酔とは酔わすということである。親鸞の教えは、人を酔わすものでなく、むしろ目を覚めさせるものである)。
その次、これは今年(50年)の2月。

        さえずりや 二児もくもくと 夢の中

 (さえずり・・・・春になると小鳥が一斉に鳴き出すのをさえずりと言い、俳句の季題になっている。二人の子どもが眠っておる)
誠に勿体なきお言葉、有難うございました。今日は志保ちゃんと共に歩んできましたこの五年間は、私の生涯の中で最高に苦しい長い歳月でした。と共に最高の素晴らしいものを得ることの出来ました 歳月でした。
私はつくづくと思います。多くの人々をいためつけ、自分を苦しめて生き続ける生涯だったであろうに、すばらしき縁に恵まれましたお蔭で、私を私たらしめる人生を送ることが出来ます喜びを感謝し ております。夫が志保ちゃんの寝顔をのぞきこみ、今日は志保ちゃんにケーキを買ってくるよと言って勤めに出ていきました。有難うございました。

さっきの手紙にもありましたけれど、ご主人は私も会いましたけれども、とてもやさしい方です。サラリーマンですけれども、車の運転が出来ないので事務所勤めで、昇給率やボーナスが他の社員より 低いんだそうです。初めは奥さんの方が御主人に対してグチを言っておった。月給が安いとか、ボーナスが少ないとか、ところが近頃では、御主人の方がこぼすと奥さんの方がなぐさめる立場にまわっ たそうです。

次回の法話『二人の障害児を抱えて』に続きます。




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