心の詩ー後光

米沢英雄先生

        私の一生は
        傷だけであるが
        この傷から
        しみじみと手が合わされるような
        後光がさしてくる
                          榎本栄一

● 米沢秀雄師の感想
古人は往事茫々として夢のごとしといっているが、自分の過ぎこし方を振り返ってみると夢のようだと思われる一面、多くの痛手をうけた生々しい記憶がよみがえってくる。夢のようなぼんやりとしたものではない。今も思えば心の底がうずくのである。

あれほどに痛められながら自殺もせずに、よくも今日まで生きのびてこられたものだ。痛めつけられた時は口惜しく悲しかったが、結局これが救われる道を求めるきっかけとなったので、真実世界に触れ得てみれば、満身(まんしん)創痍(そうい)の痛手をうけたればこそとさえ思われる。

ああいう行き詰まりがなかったら、それこそ酔生夢死(すいせいむし)で終わったかもしれないのだ。思えばあの頃は自我一杯で生きていた。自分の思うようにならないと、周囲の無理解を鳴らし、世間の不正を責め、わずかに鬱憤(うっぷん)をはらしたものだ。要するに自分の思うようにならぬという、その一点から起こっていた一切であったことが自分にはわからなかった。

その我執の塊のようなおのれが照らし出されて、目の前につきつけられた時には驚いたなぁ。あれを機会に、自分自身をみる眼が変わり、それにつれて外界の受けとり方も変わったようだ。自分だけが正しいという世界にたてこもっていた時の自分は、せまかった。広い世界をわれとわが身でせまくしていたのだ。

悪を転じて善となすという言葉をきいたが、若い時からさんざん痛めつけられたお蔭で、自分自身の愚かさが教えられ、広い明るい世界に転身することが出来たのだ。古傷から後光がさすようだ。あの痛手があったればこそと、私に拝まれることで、痛手も成仏するのだろう。さては、いつも後光を背負っていられる仏菩薩は昔相当に痛めつけられて泣かされた経験がおありなんだな。

● 語句の意味
創痍(そうい)―切り傷。酔生夢死(すいせいむし)―何の為す所もなく徒(いたずら)に一生を終わること。

● 無相庵の感想
今私の人生を振り返った時、痛手として浮かんで来るのは登社拒否状態になりもした不遇だったサラリーマン時代の日々と、46歳で脱サラ起業した後8年目に訪れた工場閉鎖と従業員全員解雇を伴う経営破綻、それに連動して始まった自己破産寸前にまで追い詰められた私生活である。

今もその状況から完全には脱出しておらず余韻が続いてはいるが、しかし、不思議なことだが私には絶対に必要な経験をさせて貰ったし今もさせて貰っていると、榎本さんの詩の後光とまではいかないが有り難く思っている。

何を有り難く思っているかと云うと、米沢先生も書かれているように、全ては自我一杯の自分だからこそ受けた痛手だったと多少は自我に気付かせて貰ったからであろう。つまり、サラリーマン時代の不遇も経営破綻も、冷静に振り返り真因を訊ねた時、私の根拠の無い自信、否、過信に行き着いたからである。問題解決に当たって周りの人に謙虚にアドバイスを求め、サラリーマンとして技術者として経営者として、その時時に必要な勉強をして知識を広め深めておれば遭遇しなかった痛手ではなかったかと思っているのである。

多分私の痛手に後光が差すのは、今抱えている借金を返し切り、そしてお世話になった人々に感謝の心を形に表わせた上での死に際ではないかと思うし、またそう云う死に際を迎えるべく、これからも頑張っていきたいと思っているところである。

合掌ーおかげさま




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