白井成允先生のご遺詠

『青蓮華(しょうれんげ)』という本は、白井先生を偲ばれ、藤秀翠先生と井上善右衛門先生が、白井先生の遺された御歌の中から1000首余りを選ばれて昭和50年に出版された白井先生の歌集でありますが、増刷希望に応えて平成2年に改訂出版されました。改訂出版に当たりましては、金治勇先生の多大のご尽力により、白井先生の遺文4篇と詩2篇を新たに加えられ、その結果として遺詠を半減せざるを得ず、446首になった経緯があるようです。私は初版を存じ上げませんが、改訂版は、白井先生を慕い懐かしむ者に取りましては、本当に有り難いものです。

私には歌の素養がなく、殆ど歌のお心を読み取ることが出来ません。こんな私にでも、若干のお心が汲み取れそうなお歌を55首選ばせて頂き以下に転載致しました。白井先生の仏法ご領解の深さを知って頂きたいと思う次第であります。

私の独断で、『慙愧の心を詠われたと思われる歌』、『法悦の心を詠われたと思われる歌』、『折々に感じられたお気持ちを表された歌』、そして『世情を嘆かれた歌』に分類させて頂きました。私の読み違いあるものと思いますが、ご容赦下さい。慙愧と仏法に遇い得た歓喜とが入り混じる遺詠を拝読させて頂く時、親鸞聖人が遺されている数々の和讃を思い起こさずにはいられませんでした。 なお、昔のかな使いのまま転載させて頂きましたこと、申し添えさせて頂きます。

勅題「あけぼの」(昭和22年)に選歌された御歌

人の世にとはの和らぎひらくべき御代のあけぼのに立ちにけらずや
慙愧のお心の御歌
み恵みの御名をきけどもよろこびのおこらぬ身ぞと知ろしめししか
病むときは病むがよしとて良寛の歌を誦しつつ時を経にけり
魚はめば魚の骸骨皿にあり恐ろしきわがいのちとぞ思ふ
歌よめば悲しかりけり悲しみの跡なき歌をよまん日はいつ
胸内にしつこき怒り潜みをりいつか焔と燃えん日をおそる
懈怠(おこたり)のつもりつもりて泥のごとくわが歩む路(みち)を阻む今日かな
臨終の正念(しょうねん)期する意(こころ)なりあな愚かしきわが心かな
み仏の恵みの鞭のなかりせばわが驕慢(たかぶり)をいかで知らまし
貪欲よ瞋恚よ愚痴よ驕慢よああわが命何ぞ悲しき
慚づること知らぬ身故にみほとけの呼ばせたまふを蔑(おろそか)にきく
卑怯なるわが心かも苦しみの受くべきあらばさながら受くべし
たどりこしわが足迹(あしあと)よ父母を妻子師友を履(ふ)みにじりこし
後の世を照らすべき書(ふみ)ひとまきものこさでわれの朽ちや果てなん
いきしにをかけて手術を受くる日のはやくこよとやおそくこよとや
法悦の御歌
慢(おご)りつ懈(おこた)りつくして背くわれに誓願つねに離れたまはず
不可思議の弥陀の誓ひのあればこそ恐れを超えて歩み得るなれ
弥陀仏の浄きみくにに父母はわれをよびますか御名をたたえて
弥陀佛のみちかひゆえに天地(あめつち)のおのづからなる寂(しず)けさに入る
み仏のみ名たたへつつ吾(あ)と汝(な)と浄きみ邦に相見(まみえ)んものぞ
不可思議のみちかひの御名ききまつり聴きまつりつつ生くる命か
この一生(ひとよ)荷負ひはたらきすごすともみ仏のみ名に心足らなん
おのづから三世(みよ)の仏のみ誓ひにみたされまつるこの生命(いのち)かな
草も木も鳥も岩秀(いわほ)も声あげてみほとけを讃(ほ)ぐこの境かも
み仏の恵みの鞭のなかりせばわが驕慢(たかぶり)をいかで知らまし
つみのままきよきみくににめされゆくおほきよろこびなむあみだぶつ
いつの日に死なんもよしや弥陀仏のみひかりの中のおんいのちなり
みほとけのみちかひきけばひとのよのこごしき山もこゆるたのしみ
あめつちにみつる数無きみめぐみに護られきたるこのいのちなり
あさましきわがこしかたはみほとけのしらせたまへばなにをなげかん
涙、涙、涙のゆえにみほとけは浄きみくにを建てたまひけり
いとふかきみのりをききてうたがひもおそれもあらずやすくしなやか
おほけなくなむあみだぶつとききまつるわが煩悩のあやにいとしき
たまゆらの世に生まれきて永(とこし)へのさとりの道をきくべかりけり
めざめたる心の奥に心ありとはの涙の泉なるらし
わが涙つくるときなしみほとけの御名を聞きつつ生きてしゆかん
君逝きてこの愚けさを今ぞ知るわが世も既に残りなき今
亡き父母にむかひてひとり泣くゆうべなむあみだぶつのみ声きこゆる
はからひは消ゆれば消ゆれみほとけのおんはからひを聞くがうれしさ
きはみなきいのちのいづみはかりなきひかりのいずみなむあみだぶつ
折々の御歌
吾妹子が縫いし新衣けふきそめ皐月若葉の朝をゆくなり
み仏の本願力にあひぬれば空しくすぐる人なしときく
仮の御身(おみ)を吾子(あこ)と現はし常住のみ法を告げて迅(と)く還ります
小夜更けて枕にかよふ松風の音に仏の御名をきくかな
己(おの)が身を忘るるまでに励まずて事成るべしやと汝(なれ)は言ふかも
悲しみを内におさめて朗らかに生きゆく人の雄雄しさもがな
人の世にあれこし身ゆえ今日の務め今日は尽すを楽みとせむ
あはれかも人みな死ぬることわりを老いて頻(しき)りに知らしめらるる
古は稀なりしてふ歳に入りいつの日までのいのちかとおもふ
小庭辺(さにはべ)の小花をつみてみほとけにささげまつらんけふのおもひで
各々の花に百千の光ありひかりかがやくいのちいとしも
世情を嘆かれた御歌
原子弾なげしを神の審判(さばき)とよぶ傲れる言葉我れ肯(うべが)はず
我ひとり造物主(つくりぬし)なり世を統(す)ぶと慢(たか)ぶる神に魔障は尽きじ
我をのみ正しとよびて他を責むる迷ひの渦に国は淪(ほろ)びん
とげとげしき争ひの心うちに秘め平和の為とざわめく世かな



[戻る]