No.1310  2013.07.18
五木寛之氏の『親鸞 完結編』が始まります

8月5日から『親鸞 完結編』が始まります。2009年から2011年にかけて、親鸞が生まれ育った京都(比叡山、黒谷)から越後へそして常陸の国での布教生活を激動編として新聞(中日新聞、神戸新聞等の地方新聞)に連載されていました。 私は、親鸞が60歳から90歳の晩年を過ごした京都の生活をどのように小説化するだろうか、或は難しくて断念されるかも知れないと心配しつつ待ち侘びていましたが、7月9日の神戸新聞に連載開始の記事を見付けた時には、本当に嬉しかったです。

記事の中に『不安の時代 心の自由を』と云う見出しで下記の<作者の言葉>が紹介されていました。

いま、もしこの現代に親鸞が生きていたとしたら、どうだろう。何を発言し、何をしただろうか。
または、何を言わず、何をしようとしなかっただろうか。
私たちは現在、言いようのない不安の時代に生きている。だからこそ、日々、数枚の文章をとおして、一瞬でも心が自由に解放されるような、そんな物語を世に送ることが出来たら、というのが新連載にあたっての作者の抱負である。

無相庵の私も、鎌倉時代よりも更に五濁悪世と思われる現代をどう考察されるのか、また積極的に何か発言されるのか、親鸞聖人に聞いてみたいと思って来ました。
五木氏が小説の中で親鸞聖人に語らせる内容が楽しみです。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1309  2013.07.16
生きるために食べるのか、食べるために生きるのか

あなたは、どちらでしょうか?

昨夜、本探しをしていてフト目にした、かなり前に読了した『君自身に還れー知と信を巡る対話』(大峯顯、池田晶子共著)を読み返した時、池田晶子さんの次の発言にめが留まりました。

「中世の頃も、プラトンの頃も同じだったわけで、人間には、食べるために生きる人と生きるために食べる人がいると言っていました。生きるために食べる人は、何のために生きるのかを考える人だと。 そういう人は、どの時代もやっぱり稀だったんですよね。それでもある種の自分を超えたものに対する畏怖の念とか敬虔さというのは、やはり近代以前の人の方が感じてはいたんでしょうね。それが、あ る種の自我みたいなものが近代に向かって芽生えてきて、自我というのはだいたいこの現世の身体というものとイコールになりますから、その結果、体が死ねば自分はなくなるという世界観になってきた のでしょうか。つまり、自分を超えたものという発想をし難くなる。そういうものがあるということが、見えなくなってくる」

私自身は、何のために生きているのかを問い続けていますから、食べるために生きているのではないのだと思いました。〝食べるために生きる〟と云うことは、衣食住の中の食を象徴的に使用しているの であり、決して単に食べるためだけではなく、動物としての欲望の満足、本能の満足を目的としてただ命を長らえているだけと云う事だと思います。

勿論、私にも食べるために生きているような時もあります。しかし、生きてどうするのかを考えずには居られないことも事実です。ただ長生きすればいいと思いません。iPS細胞の臨床試験が始まろうとし ていますが、「それで眼が良くみえるようになって、どうするの?」「体が自由に動かせるようになって、何をするの?食べる為?」と、皮肉っぽい声が何処からか聞こえて来るのです。

私も早死にはしたくは有りません。でもただ長生きしてどうするのかを考えずには居られません。とは言うものの私は未だ何のために生きているのかを完全に掌握出来ているわけでもありません。今も現役で続 けている仕事は突き詰めれば食べるためのものです。技術開発も人間生活を効率良くするためのものでありますが、必ずしも人類を幸せに導くものではないと考えています。

今のところ、未来の人類と言いますか、地球上に在る〝いのち〟がずっと受け継がれてゆくために何かの役割を果たすことが生きる目的でなければならないと考えていますが、皆さんは如何でしょうか?

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま

池田晶子さんの経歴:
1960年8月21日生まれ、2007年2月23日没(享年46歳)。慶応大学文学部哲学科倫理学科卒業、専門用語によって「哲学」を論ずるのではなく、哲学するとはどういうことかを自身の言葉で表わし、多くの読者を得ている。 著書に「14歳からの哲学ー考えるための教科書」「あたりまえなことばかり」「人生のほんとう」「知ることより考えること」「41歳からの哲学」「帰ってきたソクラテス」「死と生きるー獄中哲学対話」等。


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No.1308  2013.07.11
完ー世界が異なる

漸く、技術問題は解決しました。不良の原因を掴むことが出来、不良が出来ない生産手段(工程)が見付かったからです。ただ、少しコストが掛かりますので、コストが掛からない工夫(工程条件と設備)が必要で、 私としては私の技術を提供している客先に提案し、実施して貰わねばなりません。従いまして、直接担当者では判断出来ない事柄なので、客先の経営トップに(担当役員)に連絡して、技術担当管理職(部長)の来 社を要請しました。来週の始めに会議を行うことになり、一先ず安堵したところです。

ただ、組織と云うものは理論的に正しいことと分かっても、立場に依ってはメンツが立たないとかの私的背景から、お金が掛かるとかを理由にして拒絶する可能性もあります。そこが人間社会の何とも難しいところ でしょう。今回はそう云うことが無いとは思いますが、もし、そんなことになれば、やはり、経営トップとの直接会議を要請する積りです。開発経費と設備投資に費用を掛けてくれた相手の会社の為であり、私の会社の 為でもあり、私の特許技術の完成の為でありますから粘り強く粘り強くやり遂げる積りです。

本当のところは、今回の不良発生は実にピンチでしたが、「ピンチはチャンス!」と云う或るスポーツ選手の言葉にあります通り、私の開発技術は逆に技術的進化を致しましたので、相手客先と堂々と渡り合えるこ とになり「あヽ、やはりピンチはチャンスだったんだ」と苦しいここ数日を思い、トンネルから抜け出せた思いをしているところであります。

事実を積み重ねて真実を知り、多くの真実を総合して真理を知るに至ることは、科学技術の世界での王道でありますが、仏道に於きましても、多くの事実を集めて真実へ、色々な真実を統合して真理へ至ると云うの が王道だとあらためて思ったことであります。
信心が確信となるには、お釈迦様が仰ってるからとか、親鸞聖人が信じておられるからとかではなく、個々人にとって、それなりの論理的道筋があるのだと思います。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1307  2013.07.08
続ー世界が異なる

依然として技術問題で悪戦苦闘中です。
私の開発した技術が世の中に商品を送り込めるかどうかの瀬戸際ですし、お金も関係することでもありますから、ここ数日、頭の中も、身体の動きもそのこと(不良発生の原因解明)が占領し続けています。

遠く離れた外国の工場で生じていることですから、現場スタッフとの意思疎通が難しい状況でもあり、その上に人間関係も絡むことは止むを得ないことであるため、体だけの疲れではなく、心が疲れない様に しなければならないと考えているところです。
ただ、技術の問題は、事実の積み重ねでしか解決しない、と言いますか、事実を積み重ねることに依って必ず真実に行き着くことは間違いないことですから、事実の積み上げに一踏ん張りです。

私の技術問題はそう云うことで解決しますが、外交問題、経済問題は、複雑な要因が絡むことですから、誰もが正しいと納得出来る解決策を提案出来る訳がありませんし、外交は特に交渉相手とは住む世界(歴史、場所、言語、思 想、心の世界)が異なりますから、話し合いで解決することは容易ではないと思われます。政治家達の精神のタフさと、結果に対する責任感のええ加減さを羨ましくも思います。参議院選挙真っ最中ですが、テ レビの党首討論を聞いていて、そう思ったことです。

それから、尖閣に関しての鳩山元首相の発言(中国から見れば、尖閣は日本に盗み取られたと云うことも理解出来ない訳では無い?)は、多分、客観的見解を出して有効な対話に持って行こうとする大人の発言 をした積りではないかと私は推察していますが、対話を拒否して挑発行為(領海侵犯)を繰り返している相手と本当に握手出来る時が来るであろうかと私は考えます。
人類が徹底したコミュニケーションに依る解決を図る能力を遺伝子的に持っているのかどうかを先ずは自己吟味することから始めるべきではないかと思う次第です。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1306  2013.07.04
世界が異なる

今、私は技術の世界で悪戦苦闘しています。ある製品の量産を目前にして、原因が分からない不良品を前にして立ち往生しています。大学卒業以来、開発研究畑を歩いて来ましたから常に遭遇して来たことですので想定内のことですが、 ここ数日悩ましい日々が続いています。それ故に月曜コラムを休ませて頂いた次第です。

私の技術を用いて或る企業が新製品の量産に踏み切ろうとしているところですので、既に設備投資をし、大量の材料を私の会社が供給していますから、私の責任は金銭面でも大きく、本当のところ無相庵コラムどころではないのですが 、コラムを書こうとしているのですから、未だ客観的に自分を見詰める眼を失っていないのだと思います。

不良の原因を突き止めるのにはそれなりの技術知識が必要です。相手企業の技術者共ども、必死に立ち向かっているところですが、同じゴールを目指して一緒に走っているのですが、持っている技術知識の分野が異なりますので、1+1= 2 にはならないのが歯がゆいところで、『世界が異なる』と云う表題になった次第です。

私の大学での専攻は化学ですが、在学中は真面目に化学の勉強をせず、テニスばかりに熱中していましたので、「あなたは工学部合成化学科ではなく、テニス学部軟式テニス学科やね」と母にからかわれていましたので、今も私は化学者だと 偉そうに胸を張れないのですが、それでも今私が物を見る時、どうしても原子記号が浮かんでしまいます。 水はH2Oと云う分子として見てしまいます。砂や石を見ると、SiO2 と云う分子式が無意識に浮かんでしまいます。

『乾燥』と云うと、普通の人は〝洗濯物を乾かす〟と云うことが思い浮かぶのだと思いますが、私は『乾燥』とは〝H2Oと云う物質を除去すること〟だと考えてしまうのです。一つの物質が在るのと無いのでは、現象が異なるのは極々当たり 前だと考えるのですが、化学知識に染まっていない人にとっては〝乾いている〟のが当たり前で、乾いていることはそれほど大きな問題には思えないと云うことになるのかも知れません。

私たちは皆同じ世界に住んでいると思っていますが、見えている世界は一人一人異なるのではないかと思います。だから、家庭でも、隣近所でも、国内でも、国同士でも、話し合いで分かり合うことが出来ずに、争いが絶えることが無 いのではないかと思います。
ただ、科学技術の世界は事実を積み上げていくことで真実を共有出来る瞬間がありますから、遣り甲斐、生き甲斐、生まれ甲斐を感じる世界でもあります。ゴールは見えつつあります、後一踏ん張り致します。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1305  2013.06.27
続ー生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐(2)

木曜コラムを金曜日に更新するのはコラムを始めてからは初めてのことだと思います。
何故こうなったかと申しますと、先週から、これまで4年間掛けて開発して来た製品の量産開始に向けての前段階の試作(パイロット試作と申しまして、数千個試作しました)を実施したのですが或る問題が発生し、 その原因を究明している最中だからです。

表面的には、結果として〝仏法どころではない、コラムどころではなかった〟と云うことになりますが、そうではなく、最近、少し生まれ甲斐に目覚めたのか、日常の全てが生まれ甲斐を意識して、一瞬一瞬に真剣 勝負するようになっているように思います。
私には色々な役割があります。主夫としての家事、株式会社プリンス技研の経営者兼従業員(経理担当、営業担当、技術担当、作業担当)としての様々な仕事、家長としての家計管理、責任ある個人としての健康管 理(スポーツとウォーキング)、親族との交流、友人知人との交流など等ですが、何れも、どれが大切と云うことではなく、人間として生まれ生きていく上では全て必要なことだと思えるようになりました。

そう思えるようになったのは、やはり仏法を聴いて来たからだと思います。〝いのち〟の大切さ、自分の命の大切さ、今有る〝いのち〟の大切さを、説かれる師は数え切れませんが、繰り返し繰り返し聴かされて来 たからではないかと思います。

そして、こう思えるようになった自分の命は、自分の一人のものではなしに、無数の先祖達と、また今私の命を支えてくれている無数の人々と大自然、大宇宙のものなのだと思い、責任を感じるからだと思います。

私たち一人一人に取って何よりも最も大事なのは、お金ではありません、家や家族でも有りません、自分の命です。その一番大切な自分の命とは何かを突き止めますと、最終的には生まれ甲斐に目覚めざるを得ない のではないかと思います。

今日は月末で、入金と支払の為に経理担当としての仕事が忙しいです。また、6月末決算ですので、税務署に提出する決算報告書作成に必要な伝票類の整理と云う仕事も待っています。日曜日に遠路来て下さる私た ちの恩人のお一人をお持て成しする準備もあります。技術者として問題解決の為の原因究明も続きます。どれもこれも生まれ甲斐を感じる大切なことです。先ずは今朝の朝食調理です。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1304  2013.06.24
さずかりもの、あずかりもの

『続―生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐』は一休みさせて頂きまして、今日のコラムは、昨日のNHKeテレの番組『こころの時代』で出遇ったお言葉、「さずかりもの、あずかりもの」に教えられたことをお伝えさせて頂きます。 なお、昨日の『こころの時代』で紹介されていたのは、滋賀県東近江市の〝法泉寺(浄土宗)〟の増田洲明住職です。左の2枚の色紙はご住職が自ら漉(す)いた和紙にご住職独特の書体で書かれたものです。有難い、勿体ない、お蔭様は 現代日本人が忘れつつある古来からの和心だと仰っています。

この『さずかりもの、あずかりもの』と云うお言葉は、ご住職には9人のお孫さんが居られるのですが、その中のお一人がダウン症と云うことで、生れた直後に塞ぎ込んでいた子供夫婦を励ます言葉を真剣に考えていた時に生れた言葉だそうです。「赤ちゃんはさずかりもの」とよく申しますが、さずかり ものと言うと頂いたもので後は自分の勝手にしても良いと云うことにもなりかねませんけれども、預かりものと考えますと、預かったからには大切にして、いずれはお返ししなければならないと云うことになります。ダウン症の赤ちゃんは預かりもの 、誰から預かったかと言うと、阿弥陀さんからだと・・・。だから大事に育てて、いずれは阿弥陀さんにお返しするのだと・・・。そう云う思考の中から生まれた励まし言葉が『さずかりもの、あずかりもの』と云うことでした。

冒頭、『続―生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐』は一休みさせて頂きまして、と申しましたが、実は『さずかりもの、あずかりもの』は〝生まれ甲斐〟に目覚めるためのヒントにもなるお言葉だと思いました。

私たちが預かっているのは、赤ちゃんや子供だけではなく、自分の命も預かっているものだと考えたいものです(身体を預かっていると考えてもいいです)。また、妻は夫を、夫は妻を仏様から預かっていると考えましょう。自分の ものではないのですから丁寧に大切に預からねばならないのではないでしょうか。

また、現代の人類は太古の動植物の亡骸(なきがら)が数億年、数十億年かけて仏様が変化させて出来た石油、石炭、天然ガス、シェールガスを、我が物顔にふんだんに消費していますが、本当は仏様からの預かりものです。地球でさえ預 かりものです。使うにしても大切に大切に使うべきなのですね。

私の命も身体も仏様からの預かりものだと云うことになりますと大切にしなければならない気持ちになります。食べ過ぎや飲み過ぎで身体を壊しては無責任と云うことになりましょう。また、つまらぬことに時間を費やしては申し訳ない 気持ちになります。活き活きとした人生を歩まねば申し訳ないと云うことになりましょう。〝いのち〟は平等で、全ての命は尊い命ですが、〝いのち〟を見詰め直し、問い直すことが出来る人間と云う〝いのち〟をお預かりした我が身と我が心を大切 にしなければならないと云う想いが、生まれ甲斐そのものだと思う次第であります。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1303  2013.06.20
続ー生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐(1)

これから、今回のコラムテーマ『生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐』をまとめて行こうと思いますが、最初に申し上げましたように、なかなか言葉では言い尽くすことは難しいと思われます。 言葉は思いを伝えるのには無くてはならない有用な人間の道具ですが、どうしても限界があります。伝えようとすれば理屈っぽくなり、却って伝わり難い文書になるのだと思います。従いまして、無理 に纏めようとせずに、頭に浮かんだ言葉を並べますので、少し、長くなりますし、結局何を言いたいのかが分からなくなるものと思いますが、どうかご容赦下さい。また、どなたかお一人にでも何かを 感じとって頂ければ幸いです。

さて、前回のコラムで、生まれ甲斐に目覚めれば、日常の全てが生き甲斐になると申しました。勿論、生業つまり仕事も、趣味も、レクレーションその他全てに於いて、充実した一こま一こまになるの だと思います。仕事(生業)は生活する為の手段だと割り切って、辛いこと、気に食わないことを乗り越えている方も多いと思いますが、生まれ甲斐を自覚出来たら、仕事も生き甲斐になるのは必然だ と考えます。

そこでいよいよ、生まれ甲斐に付いて考察します。
結論から申しますと、「自分の命の瞬間々々が尊く思えること」が生まれ甲斐だと思うのです。ポイントは〝自分の命〟と云うところにあります。世間では重大な事件事故の度に「命の尊さ」が言われ ますが、余りにも抽象的だと思います。命は尊いですが、自分の命の何が尊いのかが分からなければ、他の命の尊さも分からないはずです。私は自分の命の尊さを分かっている人は少ないのではないか と思います。本当に自分の命の尊さに目覚めれば、ぼやぼやしていられないはずです。一日一日が勿体なくて、否、一瞬一瞬が勿体なくて、どうでもいいことに関わっておられなくなるのではないかと思 います。以前、〝いのち〟旅シリーズを書きましたが、それは私自身が〝いのち〟の歴史を勉強し、命の大切さの一面を知ろうと考えたからでした。

私は、命に貴賤は無いとは思いますが、やはり人間に生れたことは特別有り難く(有り得ないと云う本来の意味として)、稀有なことであるから、〝人間としての命〟を全うする責任と義務があると思 うのです。命に貴賤は無いと思うと申しましたが、動植物を含めて全ての命は平等に尊いものです。人間の命も、道端で風に揺れる名も無い雑草も、命としては平等です。私は元々の命は形の無いもの だと思います。宇宙が誕生した時から命も生まれたと。そして、縁に依って命が形として現れたのが、我々の眼に見える生き物であり、拡大解釈すれば、石も雲も雨も、人間が認識出来る存在は全て 命が形として現れたものだと考えます。だから、平等の命であり、一つの命なのだと思うのです(それを仏法では、〝本来の自己〟とか、〝如来〟とか〝仏様〟とか言うのだと思います)。

そして、その形に現れた命の中でも、こうして色々と認識出来て、考察も出来、自分の命を自覚出来る唯一の命の形である人間に生れたことを喜ばずして何を喜ぶのかと思うのです。おそらく、他の動物は 勿論のこと、草木も自分の命を自覚出来ていないでしょう。だから、生きている喜びもないでしょうし反面、死への恐怖も無いと思います。彼らはただ与えられた場所で、与えられた命を全うするだけです。 我々人間は確かに不安、不満、不平に苦しみ悩みます。しかし、その苦悩をキッカケとして、自分の命に喜びを感じられる可能性を持って生れて来ています。それが生まれ甲斐だと思うのです。
自分自身が、「よくぞ人間に生れけり」と心底自分の命を拝めたその時、初めて〝生まれ甲斐〟に目覚めたと言えるのではないかと思います。

お釈迦様は、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」と宣言したと伝えられていますが、これは、勿論、偉そばって傲慢に「この世の中で自分だけが尊い」と言ったのではありません。 「一人一人がかけがいのない尊い命である」ということです。 多分、お釈迦様は自分の命の尊さに気付き、だからこの世に生まれた全ての命が尊いと目覚められ、「天上天下唯我独尊」 と云う感嘆の言葉となったのだと思います。
確かに全ての命は尊いものです。今、私の坐っているパソコンの横手に見える雨に濡れているハナミズキの木と私の命は同い歳です。形に現れてからの年月は異なりますが、命の源を辿れば、同じ38億歳です。

次回のコラム、『続―生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐(2)』に続きます。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1302  2013.06.17
続ー生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐

生業(お金を稼ぐ手段)が生き甲斐にもなっている人は本当に羨ましい。しかし、同じ生業を死ぬ直前まで続けられる人は滅多に居ない。殆どの人の生業にはいわゆる定年がある、或は引退せねばならない時が来る。 引退してから再び生き甲斐にもなる生業に回り逢う人は殆ど居ないと言っても過言ではないと思う。
寿命が長くなった今日は、引退してから死ぬまで(一般には老後)が結構長い。平成に入ってからは、男と女では差があるが、個人差を考えても平均的老後期間は15年~25年もある。生き甲斐だった生業を無くしてか ら暮らす期間を活き活きと歩める人は極めて少ないのだ。

勿論、趣味を生き甲斐としていると答える人、孫が生き甲斐だと言う人も居るかも知れないが、若い時とは違って、仲間も一人減り、二人減り、一番恐れている死が目の前に見え出し、否応なく自分の死が視野に入って来る老 後である。若い時に感じていた生き甲斐とは全く趣を異にするのではないかと思う。

生業が生き甲斐だった人でさえこの老後の状況である。非常に厳しい表現にはなるが、生業が生き甲斐では無かった人は、生業も生き甲斐も無い老後を送っていると云うのが現実ではないか。

斯く言う68歳の私には幸か不幸か生業がある。しかも宮仕えでは無く現役経営者であり、現役技術者である。雇い入れている従業員は一人も無く、給料やボーナスの支払いに頭を悩ますことも無い気楽な立場である。ただ、 幸か不幸かと言った訳がある。老後を迎えて久しい大学の同級生達は高額の退職金を貰い、多額の年金も貰いながらの悠々自適の者達ばかりであるのに、私には大借金があり、会社を閉じれば自己破産しかないから頑張らざ るを得ないだけなのだからだ。ただ、今の生業は、私の生き甲斐になっていると言って良いだろう。生き甲斐を求めて46歳で脱サラしたものの10年後には倒産寸前となって全従業員を解雇する羽目に陥った申し訳なさと屈 辱を名誉挽回が出来るかも知れないからである。生き甲斐らしく言い換えると、技術開発の成功と事業の成功が生き甲斐なのである(経緯はべつとして・・・)。

でも、私にもいずれは脳力(思考力)もこれまでの人生で培って来て得た能力・知識も無くなる時が来る、生業を失い現役引退する時が必ず来る。交通事故死や自然災害死に遭遇したり、或は突然認知症に罹れば生業を失い即意 識も無くなるので、生き甲斐も生まれ甲斐もなにもかも無くなるのであるが、そうでない限り、生業を無くし生き甲斐も無くした老後期間が長い短いは有っても必ず来るのである。その時は、体力、気力、脳力、知識・能力、情 報収集力、コミュニケーション力はかなり衰えているのである。ただ、死を待つだけ、生きる屍(しかばね)状態である。

それは避けたいが、避けている実例がある。前回のコラムで紹介した三浦雄一郎氏である。80歳の快挙を果たした今、既に85歳で挑戦する快挙を目標に据えたらしいのである。凄いと思う。しかし、彼にも何れは山登り出来 る体力を失う時が必ずやって来るのである。スキーも出来ない体力になるのである。生き甲斐を失う時が来るのである。

しかしその時、生まれ甲斐を持っていれば問題は無いと私は考えているのである。病気で寝たきりになっても、生まれ甲斐さえ持っていれば、活き活きと生きられると考えているのである。更に言えることは、生まれ甲斐に目覚 めれば生き甲斐も見付かる、と云うよりもむしろ、日常の全てが生き甲斐になっていくのではないかと私は考察しているのである。
三浦氏の挑戦は生き甲斐であって生まれ甲斐ではないと私は推察しているのであるが、では、無相庵の言う〝生まれ甲斐〟とは何かを説明する必要があるが、残念ながら試験の答案用紙に書くように表現することは非常に難しい。 色々と頭の中で表現努力はしているのであるが、なかなか言い尽くせそうにないのである。
しかし、このコラムの目的は、無相庵住人の私だけではなく無相庵読者の皆様にも、またこれから無相庵を訪ねて来られる方々にも〝生まれ甲斐〟を持って貰おうと云うことにあるから、次回以降のコラムで私の能力の限り挑戦 しようと思う。

私が生まれ甲斐に付いて私見を述べる前に、皆さんにも無相庵の言う生まれ甲斐とは何かを推測して貰いたい。そのヒントとして、生業、生き甲斐、生まれ甲斐を合わせ持って人生を全うしたのがお釈迦様だと申し上げたい。そ して、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」と言い遺した孔子(お釈迦様よりも百年前の人)も生業、生き甲斐、生まれ甲斐を併せ持った先師だと申し上げたい。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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No.1301  2013.06.13
生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐

80歳の三浦雄一郎氏が、世界最高峰のエベレスト登頂に三度目の成功を果たされた。これまで、70歳、75歳と登頂成功を重ねられて来たが、世界最年長でのエベレスト登頂記録は、 76歳のネパール人に譲っていたそうで、今回の80歳の登頂はその世界記録達成でもあった。NHKテレビ番組『クローズアップ現代』でその偉業に至る準備や努力、登頂までの経緯 等が紹介されていたが、68歳の私はそのチャレンジ精神と不屈の精神とその努力に大きな感銘を受けた。

三浦氏は元々はオリンピック出場も果たしたプロスキーヤーであり、後には山岳スキーヤーを生業(なりわい)とされ、54歳で南アメリカ大陸最高峰アコンカグアからの滑降を成功させ たことにより、世界七大陸最高峰全峰からの滑降を成功させたのであるが、その後目標を失い、60歳代はメタボになり、糖尿病、不整脈も患い、500mの山に登るにも息切れすると 云う状況だったそうである。
そして、これではいけないと、65歳の時に、5年後の70歳でエベレスト登頂を果たすという目標を立て、外出時には常に両足に重りを付け20 kg近いリュックを常に背負うというトレーニ ングを再開、2003年5月22日、世界最高峰のエベレストに世界最高齢(ギネスブックに掲載)となる70歳7か月での登頂を果たしたのである。そして今回の快挙である。

明確な人生の目標を持つことが、心身の健康に如何に大切であるかを研究している脳科学者が、三浦氏の脳をCTスキャンして調べた結果、前頭前野(ぜんとうぜんや)の委縮が他の同 じ80歳代の人の平均値に比べて少ない事が分かったと云う。前頭前野は、目標を達成して報酬を得よう,あるいは罰を避けようという「意欲」によって行動を計画しそれを実行に移す 脳の一部分である。この意欲は,前頭前野の重要な働きの一つだそうであるが、目標の明確化が、その働きを左右するようである。

三浦氏に付いて、目標の明確化具合を、次の三つの質問に対する答えから、段階評価したところ、やはり、目標の明確さが他の80歳代と比較して突出した結果を得たと言う。
        ・どんな人生を送りたいかがはっきりしているか?
        ・自分の将来に夢を持っているか?
        ・生きている意味を見いだせているか?

さて、表題に、生業(なりわい)、生き甲斐、生まれ甲斐と並べた。生業(なりわい)とは、生活する(命を繋いで行く)のに完全自給自足の生活をする以外は誰でもお金が要るが、そ のお金を得る為の仕事とか職業のことである。親族等に扶養されたり、生活保護受給者以外は全員生業を持って人生を歩んでいる。

しかし生き甲斐は、生業の有無とは関係無しに、生き甲斐を持っている人もいるし持っていない人も居る。中には生業が生き甲斐と云う運の良い(?)人達も居る。プロスポーツマン、芸能人、伝統工 芸職人、学者、宗教家、料理人等の中には、生業が生き甲斐と云う人は結構多いと思われる。しかし殆どの人は生業以外に生き甲斐を見付けようとしているのではないかと想像する。そ の生き甲斐とは趣味、スポーツ、旅行、読書、映画鑑賞等など、個人個人夫々に千差万別であろうが、終には見つけられないまま人生を終わる人が殆どなのかも知れない。

三浦雄一郎氏は、生業と生き甲斐が一致した幸運なアスリートだと羨ましくも思うが、今週のテレビ番組で三浦氏から立て続けに幸運な人が紹介されていた。一人は、阪神タイガースの 藤波晋太郎投手(NHK;魂のアスリート)、もう一人は、EXILE(エグザイル、日本の14人組ダンス&ボーカルユニット)のボーカリストの佐藤篤志氏(ABC;ワイドスクランブル) 、更にもう一人は、居酒屋では初めて〝ミシュラン〟にランクアップされた大阪の居酒屋店主・中村重男氏(NHK;プロフェッショナル)である。

これらの人達が生き甲斐を見付け得たのは運だけのような気もするが、親の勧めで幼い時から慣れ親しんだ習い事(野球、音楽)の場合もあり、また、中学を卒業して上の学校には進ま ずに職人一筋で腕を磨き上げたプロ職人の場合もある。彼らには偶々並み優れた素質があり、しかも努力することが辛くは無く、むしろ努力することが辛いけれども楽しいと云うものに 出遇えたからだと思うが、その道のプロになりたいと云うのではなく、その中でも一流になりたいと云う強い思い、つまり明確な目標を持ったと云う人達だと云う事を忘れてはならない。

世間で有名な人達は、皆そう云う幸運さに恵まれ、また多くのお金を稼げる生業を見付けられた人達でもあるが、ここで言う幸運とは、生き甲斐を見付け得た幸運さである。お金を幾ら稼 いでも、生き甲斐を持っていない人間は幾らでも居る。

上述の一流、或は一流を目指して居る人達は、その生業そのものが生き甲斐ではあるが、共通しているのは、生業そのものではなく、他の人々に感動を与え、喜んで貰いたいと云うサービ スそのものが生き甲斐のようにも思うのである。中村重男氏の居酒屋は、常にお客満杯であるが、料理とそれにフィットする日本酒で持て成し、また会話で持て成す。客の喜ぶ顔が生き甲 斐であることは間違いない。だから、料理は値段に関係無く、魂を込めて、とことん工夫して自ら味に納得したものしか出さないし、席の数も客の一人一人の顔が見えるようにカウンター 席10席とテーブル席2席だけと、有名店にしてはかなり少ないのである。

生き甲斐は素晴らしい人生を彩る力の源である。エグザイルの佐藤篤志氏は、歌がなければ人生はモノクロだと言う。歌が有ってはじめて総天然色が楽しめると云う意味だろう。生き甲斐 は確かに自分一人だけの幸せと云うのではなく、他の人々を幸せにもする力強さを持っている。しかし、それは、人間でなくとも、人間を楽しませてくれるものは多い。動物も花も、我々 を楽しませてくれる。生き甲斐のもう一つ背景と云うか、生き甲斐の心を支える〝生まれ甲斐〟、人間に生れたと云う〝生れ甲斐〟に目覚めたいと思うのである。それは、仏教で云う、本 来の自己に目覚めると云うことであるが、次回コラムに考察を続けたい。

帰命尽十方無碍光如来ーおかげさま


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